えびまるブログ

当ブログは、主に音楽・芸能・映画に関してのまとめブログです。他に面白い!!と思ったトレンド情報など毎日更新で上げていきたいと思います(/・ω・)/よろしくお願いします!!


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    子どもの頃、夕方に放送されるアニメを楽しみにしていたという人は多いのではないでしょうか?   そんな、夕方に放送されるアニメに関する危惧がTwitterで話題になっています。     [point "ゴールデンタイムアニメが減っている アニメ視聴者高齢化するかも"]

    子供向けアニメを増やさないと


     
    話題になっているのは、ゴールデンタイムに放送されるアニメの量について述べたツイートです。
     
    投稿主は、「ゴールデンタイムテレビジブリ以外の映画を流し、小中学生の映画ファンを育てないと、映画観客がいなくなる。」という旨のツイートを引用し、「今は『子供向けアニメ』がゴールデンタイムや夕方から追い出され、数も激減したでしょう。そんな中育ったアニメの作り手は『アニメはまず子供たちに見てもらうもの』という意識が稀薄なんだそうで。自分らが子供向けからアニメに入ってないから。てことは次は高齢化と消滅ですよ」とツイート
     
    映画だけでなくアニメも同様の問題を抱えていると発信しました。
     
    現在はほとんどが深夜帯の放送なので、「アニメは深夜帯に放送=大人が見るもの」という認識が広がっていてもおかしくはないですね。
     
    それにしても、現場の意識にも変化があるのか……。
     
    アニメの今後のためにも、業界全体で子どもに興味を持って貰う努力が必要なのかも。
     
    本投稿に対しTwitterでは、「YouTubeで広告収入だけで流せば子供が見るかも」「プリキュアは最後に残された希望だったのか…」「どこでも携帯できて時間を気にしなくていいし戻せるし弄り放題なYouTubeが強すぎる」と、時間帯以外の問題を感じている方も多く見られました。

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    アニメ視聴者の高齢化!?ゴールデンタイムから深夜へ移行した弊害「次は高齢化と消滅ですよ」」


    (出典 news.nicovideo.jp)

    若者層のアニメ離れが進んでいるのは確かですが、それはテレビ放送の枠にとらわれず、インターネットを通じて視聴する人々が増えているからかもしれません。また、アニメはグローバルにも人気があり、日本国外からのファンも増えてきています。高齢化や消滅という言葉には否定的なニュアンスがありますが、アニメの魅力は未だ健在であり、さらなる進化が期待されると思います。

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    TOKYO MX地上波9ch)朝の報道・情報生番組「堀潤モーニングFLAG(モニフラ)」(毎週月~金曜7:00~)。「激論サミット」のコーナーでは、“Chat GPTが教育に必要か”について議論しました。

    脳科学者もビックリの「Chat GPT

    インターネット以来の大発明」とも言われ、話題となっている「Chat GPT」。3月14日に最新モデルが発表され、質問に回答するAIの学術知識が向上。より正確で専門的な対話が可能になりました。

    街頭でその使用方法を聞いてみると「メール作成やプログラミングの簡単な関数の作成に使っている」、「設計上のミスなどがないかダブルチェックさせている」、「献立を考えてもらっている。献立を考える時間がなくなり便利」と重宝しているという声が多数。

    また、アメリカの統一司法試験では、Chat GPTが合格者の上位10%に入る点数を取れるという検証結果もあります。しかし、海外の一部の学校では生徒の思考力低下に繋がるとしてChat GPTの利用が禁止になるなど、教育現場での使用方法に関しては混乱が起きています。

    脳科学者の茂木健一郎さんは、研究でChat GPTを活用しているそうで「こんな日が来るとは思いませんでした。僕だけでなく、脳科学者、認知科学者、人工知能研究者、全員ビックリしている。これほど早く、ここまでの性能のものが出るとは誰も予想していなかったんじゃないか」とその凄まじい進化に驚愕。

    食文化研究家で株式会社食の会 代表取締役の長内あや愛さんも、文化研究の際の調べもの、文章の要約などにChat GPTを使っていると言い、「すごく便利で、秘書が増えたような感覚」とその性能を絶賛します。

    ラッパーの呂布カルマさんは「僕には必要ない」と断言。「僕は作詞をしたりするが、そういう部分では(Chat GPTは)まだ及ばないというか、使うことはない。今のところ聞きたいことはない」とし、自身の活動において必要性を感じていない様子。

    人工知能は“知らない”と言えない!?

    では、教育の分野においてChat GPTは活用していくべきなのか。長内さんは後輩など周囲の大学生を見る限りでは「論文や課題などにすごく使っている感じ」と印象を語り、「それが本当に正しいのか。メリットデメリットを考えていかないといけない」と話します。

    一方、特殊な職業の自分では使うことはないと話していた呂布さんは、教育では「基本的には必要だと思う」と肯定。懸念されている生徒の能力低下についても「変わらないと思う」と自身の見解を示します。

    これに対し、「ふたつのシナリオがある」と前置く茂木さん。ひとつはChat GPTに頼りすぎて記憶力や文章力などが低下してしまうこと。そして、もうひとつは将棋棋士の藤井聡太さんのようにAIを活用することでますます能力を上げるケース

    ここで「Chat GPTは教育に必要か、不要か」を質問してみると、キャスターの堀潤を除く全員が「必要」。

    茂木さんは人工知能は当たり前のもの、至る所にあるものになるので、それに対応しなければ、今後の社会で生きていけないという意味で必要」とその理由を述べ、呂布さんは「学校の教育で最低限みんなに同じことを教えるということに関しては、先生によってムラが出るより、Chat GPTで一定のものを与えたほうがいいのではないか」と私見を語ります。

    そうしたなか、唯一「不要」とした堀は「本来は必要だと思う」と言いつつ、「誰に必要かと言えば、僕は(忙しい)先生を早く助けてあげてほしい。生徒ではなく先生に必要」と使い手の問題に言及。「(先生は)ゼロイチを生み出すような教育をする。だから過去のいろいろな蓄積(データ)をまとめたりすることは先生が使えばいい。そこは切り分けたほうがいい」と主張します。

    茂木さんによると、研究者のなかで現在ホットな話題のひとつに“ハルシネーション(幻覚)”というものがあり、「人工知能ってデタラメを言うことがあるんですよ」と言います。そして、「事実とは全然違うことを、確信を持って言う。今の人工知能は『知らない』と言えない。(わからないことも)何かでっちあげてしまう」と危惧。

    総じて「子どもが単独で使うのは危険かもしれなくて、先生がそれは違うと常識を教えてあげるべき」と先生の必要性を訴えつつ、「だからこそ子どもの頃から(AIに)慣れることはリテラシーとして必要」とも。

    ◆教育面におけるメリットデメリット

    3月にはChat GPTを親子で体験するワークショップが行われ、そこに参加した子どもからは「従来のAIとは違う感じですごく進化していてビックリした。受け答えが正確で、文章に違和感がなくてすごい」、「実際に使ってみてこんなにいいものなんだって改めて思った」と称賛する声があがる一方で、保護者からは「聞く能力が高くないと良い答えが出ないので、聞く能力を高めるという意味でどんどん使ってほしい」、「自分で考えないといけないという意識が弱まることが怖い」、「年齢にそぐわない情報が入ってこないようにできないと、不利益が大きい」と賛否両論ありました。

    改めて、教育面におけるメリットデメリットを整理してみると、メリットは「調べる・要約・翻訳などの効率が上がること」、「質問にはコツが必要なため、人に聞く力が養われること」など。デメリットとしては「カンニングなどへの不正利用」、「思考力の低下の懸念」、「情報の真偽」、「年齢に不相応な情報の分別」など。

    とりわけ、思考力の低下が問題視されていますが、茂木さん曰く、人間の平均IQは実は上がり続けているとか。そして、「その理由はおそらく情報環境の変化だろうと言われていて、インターネットなども含め情報量が増えるなか、(人間の)情報処理能力は上がっている。なので、ひとつの予想としては、Chat GPTのような人工知能が出ることで、人間の知能もさらに上がる可能性がある」と脳科学の見地から指摘します。

    ◆教育にChat GPTは必要か…Chat GPTの意見は?

    「日本の教育にChat GPTは必要なのか」、これをChat GPTに聞いてみると、以下の解答がありました。

    Chat GPTは教育において幾つかの利点を提供している。
    1.学習者への個別対応。
    2.アクセシビリティ、さまざまなバッググラウンドや学習スタイルを持つ学習者に対して教育機会を提供できている。
    3.補助的な学習リソースに使える。課題の解答例や追加資料の提供など。
    4.効率的なコミュニケーション、教師と学習者の間のコミュニケーションを効率化し、質問や疑問に素早く対応することができる。

    ただし、感情や対人関係のスキルを持っていない。そのため、教育においてはChat GPTを補完的なツールとして利用することが望ましいと言えます。また、ときに誤った情報やアドバイスを提供もあるので、使用には注意が必要」

    この解答に、呂布さんは「完璧じゃないですか(笑)」と思わず笑い、長内さんは、読書感想文や論文、レポートなどへの転用を案じていると、茂木さん曰く、そこは研究が進んでいるものの、現状では完璧に見破るのは難しいといいます。

    では、Chat GPTを教育の現場で上手く使っていくためには、どうすればいいのか。茂木さんは“人間力・ルネッサンス”との言葉を挙げ、「むしろ人間力が問われると思う」と強調。AIに頼りすぎずに自分を高めるようにし、情報の真偽を判断できる力を身につけるなど「人間力を高めることを教育現場でやっていくことが必要」と力説します。

    呂布さんは“放任 大人が子どもに学ぶ”と主張。「なんでも新しい技術は大人よりも子どものほうが上手に使う。自分の子どもを見ていてもそう思う」と実体験を語り、「子どもやらせて、子どものうちは失敗してもいい。失敗しながら、僕らよりも上手に使えるようになると思う」と意見を述べます。

    長内さんは「便利だから使ってしまう、これは止められないと思う」と言い、だからこそChat GPTを使っても能力が低下しない、むしろ向上するような問題作成の重要性を訴えます。

    最後に、堀はAIに懸念点はたくさんあるものの「僕はだからこそ人はもっとポジティブを語るようになればいいと思う。相棒に愚痴ばかり言っていたら愚痴っぽいものが生まれるので、もっと未来を語れるような人間になりたい」と願望を述べていました。

    ※この番組の記事一覧を見る

    <番組概要>
    番組名:堀潤モーニングFLAG
    放送日時:毎週月~金曜 7:008:30 「エムキャス」でも同時配信
    キャスター:堀潤(ジャーナリスト)、豊崎由里絵、田中陽南(TOKYO MX
    番組Webサイト:https://s.mxtv.jp/variety/morning_flag/
    番組Twitter@morning_flag
    番組Instagram@morning_flag

    脳科学者も驚愕するAIの進化…日本の教育現場に「Chat GPT」は必要か?


    (出典 news.nicovideo.jp)

    人工知能 (AI acceleratorからのリダイレクト)
    人工知能(じんこうちのう、英: artificial intelligence)、AI(エーアイ)とは、「『計算(computation)』という概念と『コンピュータ(computer)』という道具を用いて『知能』を研究する計算機科学(computer science)の一分野」を指す語。「言語の理…
    270キロバイト (34,049 語) - 2023年6月30日 (金) 05:16



    (出典 gettotext.com)


    AIの進化は素晴らしいものですが、それが教育現場にとって必要であるかどうかは議論の余地があります。AIが進化しても、人間独特の感情や倫理的な判断力を持つことはできません。教育は単なる知識の伝達だけではありません。生徒たちは人間との対話や関係を通じて成長し、自己を発見することが求められるのです。

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     PlayStation 5ゲームソフトFINAL FANTASY XVI」(FF16)が、6月22日に発売されました。発売一週間で世界累計300万本突破と、まずまずのスタートを切れたようです。先んじて配信された体験版が個人的に相当面白かったこともあり、ボクも発売日に購入し、先日無事クリアいたしました。

    【まんが全23コマを読む!】

     体験版でも感じたのですが、美しい映像に複雑な内容が分かりやすく整理されたストーリー、簡単操作でカッコよくプレイできるバトルシステムなど、全体的なクオリティはかなり高いと思います。さらに体験版にはなかったサブクエストも、世界観をしっかり補強してくれるので遊び甲斐があり好印象でした。

     一方で上で挙げたすべての部分で不満点も相当多いです。特にストーリーは、個人的には体験版で上がった期待値をかなり下回る出来でした。美麗な映像で表現されたリアルな世界観や重厚なストーリーに対して、登場人物の性格や心情が少年マンガのように分かりやすい描き方をしているため、すごく安っぽく見えてしまったのが残念でした。

     体験版が面白すぎたせいか、どうしても不満点が目に付いてしまうのですが、それでもゲームとしてのクオリティは相当なもの。手放しでは褒められないし、正直ボクは2周目をプレイしないと思いますが、少しでも気になっている人がいたら絶対にプレイしてもらいたい……FF16はなんとも評価の難しいゲームです。

    ●著者紹介:サダタロー

    1998年テレビ番組「トロイの木馬」出演をきっかけに漫画家デビュー。代表作は「ハダカ侍」(講談社、全6巻)、「ルパンチック」(双葉社、1巻)、「コミックくまモン」(朝日新聞出版、既刊7冊)など。現在、熊本日日新聞他で4コマ漫画くまモン」を連載中。Pixivsadataro、Twitterは@sadafrecce。

    ●連載:サダタローのゆるっと漫画劇場

    漫画家のサダタローさんが、世界初の電脳編集者「リモたん」と一緒に話題のアレコレについてゆる~く語るまんが連載。たぶん週末に掲載します。連載一覧はこちら。過去の連載はこちらからどうぞ。



    (出典 news.nicovideo.jp)


    (出典 cdn-ak.f.st-hatena.com)


    漫画家が「面白い、けど……」と感じたのは、ゲームの長さやリプレイ性に疲れを感じたためかもしれません。一気にクリアしたものの、ゲームのボリュームや各要素を十分に楽しむ余裕を持ってプレイすることができなかったのかもしれません。ゲームが無駄に長く感じられ、終盤には少し疲弊してしまったのかもしれません。

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    三宅健が滝沢秀明氏の新会社「TOBE」に合流するとの発表に、ファンたちからは大きな歓喜の声が上がっています。二人のコンビネーションによるエンターテイメントに期待が高まりますね。

    【三宅健が滝沢秀明氏の新会社「TOBE」に参画!ファンの期待高まる】の続きを読む ポチッっと応援よろしくお願いします('◇')ゞ
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    どうすれば差別はなくなるのか。ノンフィクション作家の藤原章生さんは「そもそも人間は差別をしてしまうものだ。それを踏まえた上で、一つひとつの差別について『これはおかしい』と突き詰めていくしかない。『差別はいけない』と諭すだけでは、差別は消えない」という――。

    ※本稿は、藤原章生『差別の教室』(集英社新書)第9章「感受性と属性と──学生の問いに答える」の一部を再編集したものです。

    ■人間は相手が誰であれ差別をしてしまうもの

    「差別は消えないのでしょうか」という声をいただきましたが、それについて少し考えたいと思います。

    差別がなくなってほしいと私は思っています。でも、差別を考えるとき、自分も差別をする人間だという自覚が必要だと思います。

    「私は差別をしない、悪いのは差別をする人間だ」と言って、自分だけ聖職者みたいな態度の人がいますが、それはおかしい。人間は相手が人であれ動物であれ物であれ、分類してしまうものです。そして分類したものの優劣を決めてしまいがちです。

    それを十分踏まえた上で、そこに差別が生じた場合、一つひとつ「これはおかしい」と突き詰めていくしかないんじゃないかと思います。理屈で「差別はいけない、はい終わり」という話ではないんです。

    だから、それぞれの事例に当たって、そこから出た答えを積み重ね、差別をしない人間になるという理想に自分を追い込んでいく。意図的に追い込んでいくというより、直感的にそうなっていったほうがいいと思うんです。

    ■絶対に正しいことはない

    「差別をなくすことへの使命を感じますか」という問いがありました。どうでしょう。私にはそんな高邁(こうまい)な考えはありません。ただ、差別の話に耳が傾くのは確かです。でも、使命とは違いますね。もちろん、差別がなくなってほしいとは常々願ってはいます。

    1986年製作のローランド・ジョフィ監督『ミッション』という映画があります。ロバート・デ・ニーロが主演の映画で南米が舞台です。カトリックのイエズス会の話です。宣教師たちが先住民の村に入って布教活動をするわけです。先に来た宣教師は殺されてしまうのですが、主人公たちはどんどん奥地へと入っていくわけです。彼らは現地人を見て、あの人たちに神のことを知らせ、目覚めさせなくちゃいけないと本気で思っています。途中で散々ひどい目に遭いながら、ミッション、使命だからと、密林を分け入っていく。最後は彼らもひどい末路を迎えるのですが、やっていることは正しい、神は見てくれていると思い込んでいる

    ちょっと泣けるような映画なんですけど、私は観たあと、こんな思いを抱きました。彼らのミッションは間違っていた。「上から目線」という言葉がありますが、上から目線って何も悪くないと思うんです、それ自体は。知識のない人たちに知識を教えるとか、そういうことは当然ですから。

    だけど、「これは絶対なんだ、これは正しいんだ」という正義で人に何かを押しつけていく行為が「ミッション」に描かれていたと。

    コロンブスが新大陸に到達してから500年あまり、「野蛮な人たち」を救い出して、自分たちと同じように一神教を信じさせなくてはいけないというミッションが各地で為されてきました。でも、それが正しかったのか。80年代のこの映画はそう問いかけていると思いました。

    ■「使命」という言葉は少し怪しい

    ジャーナリズムも同じです。絶対に正しいなんてことはないと思います。「なぜ、あなたはこれをやっているんですか?」「それを人に知らせる必要があるんですか?」とジャーナリストはみな自分に問い続けているわけです。

    三十何年かインタビューをしてきて、人から話を聞くことに多少は慣れました。でも常に躊躇(ちゅうちょ)があるし、苦しみます。使命というのは言い訳で、やはり最後は自分自身、自分一人の問題になります。なぜ、お前はそれをしたいのかという自問です。

    使命だと思い込み、悲惨な立場にある人々を取材し、自分のモヤモヤした気持ちをうまく追いやったとしても、自分自身があとで傷つくこともあります。使命というのはいい響きですが、少し怪しい言葉です。

    ■差別を生む「種」はどこにあるのか

    南アフリカに住んでいたころは、差別がなくなるといいなといつも思っていました。あらゆる差別がなくなってほしいと。当たり前ですが、自分がそういう目に遭ったら嫌ですよね。

    ちょっと買い物に行こう、ワインでも買いたいなと歩いて5分ぐらいの店に行って帰ってくるだけなのに、「おい、お前、いつまでいるんだ、国に帰れよ」などと言われたくないですよね。「この国にいるな!」とかね。日々、「道の真ん中を歩くんじゃない」とか、「端っこを歩け、お前は二等市民なんだから」とか、そんなこと言われたくないですよ。そんな差別はあってほしくないと当然思っています、消えてほしいと。

    「差別は良くないよ」と言い続け、消えればいいですけど、なかなか消えない。じゃあ、どうしたら少しずつでも改善されるのか。

    例えばアフリカの子供の写真を見て、条件反射的に、短絡的にその意味を掴んでしまう。ひどいことだと背景も知らずに一般化する。それが偏見であり、その偏見が自分のふるまいに表れれば、差別行為となる。そんな差別を生む「種」、心の底にある何か、それがどこから来たものなのか、どんな意味があるのかを自分で捉えていくしかないと思います。

    私の場合、何かを書くことで、少しでも状況が良くなればと思っていますが、どう書けば伝わるのか。ずっと探っているところです。

    ■差別ではなく人間を学ぶ

    「いままでの私は興味が湧かないと言って何も学ばない人間だったが、話を聞いていろいろなことに挑戦していこうと思った。アフリカだけではなく、私生活すべてにおいて気になることがあればそれについて調べ、アプローチしていこうと思った」と感想を書いてくれた学生がいました。

    特に若い学生たちはこれからもいろんな場面で差別を目撃したり、自分が差別されたりすると思います。そういうとき、これはどういう意味だったのかと考える。こうすべきだったという答えはありませんが、差別を学ぶのではなく、人間を学ぶということです。

    人間、その一人である自分はどう反応するか。自分の生き方と言うと大袈裟ですけど、自分がどうすべきだったのか、相手とどうコミュニケーションをとるべきだったのかを考えていく。その反省から、この学生が書いたように「挑戦していこう」という気持ちになる。この人はそういうことを直感的に感じてくれたんだと思うんです。

    ■どうしたら差別をしない人間になれるのか

    「どうしたら差別を意識しない、あるいは差別をしない人間になれますか」という問いが結構多かったんですけど、どうでしょう。自分の場合、そういう気持ちになるときは、「常に明るい人間でありたい」と思ってきました。

    そして、「きちんと自己主張する人間でありたい」と。そのためには言葉ですね。自分は結構英語ができると思って、英語圏の南アフリカに行ったんです。でも、南アフリカの英語はブリティッシュイングリッシュに近いこともあって、自分はできると言ってもやっぱり日本人の中でできただけでした。

    当時、南アフリカ大統領だったネルソン・マンデラさんの定例会見に最初に行ったときの話です。マンデラさんは、私が手を挙げて質問しても「はあ?」みたいに耳に手を当てて、「わからない」という感じの反応をしたんです。

    最初のうちは英語でうまくコミュニケーションがとれず、フラストレーションが溜まっていましたが、英語ネイティブだった妻に「それは英語の問題。基礎をちゃんとやったほうがいいんじゃない」と言われ、先生について必死に勉強しました。

    つまり、英会話を勉強するだけではなく、自分の言葉をしっかり英語で組み立てられる人間になろうとしました。きちんと書ける、読めるというのが大事です。

    どうしてもポンポン話せる英会話ができるほうがいいと思いがちですが、会話をするためには、言葉を知らなくてはならない。それには、どれだけ読めるか、書けるかが大きいんです。そういうことを一生懸命やっているうちに、2年ぐらいで自信がついて、英語の世界でさほど苦もなく仕事ができるようになりました。

    言葉ができれば友達もできるし、明るい人間でいれば、愛されるキャラクターになっていく。それが大事じゃないかと思うんです。

    ■差別した人にあえて会いに行く

    誰からも愛されるというわけにはいきませんが、少なくとも、その土地で、親しみを持たれるようになる。でも、愛されるには自分が相手のことを好きにならないとダメですね。だから、男性であれ、女性であれ、出会った人に興味を持つ。「あの人はなぜああ言ったんだろう?」「どうしてあんなきついこと言ったんだろう?」と考える。

    差別的な目に遭えば逆にその人に会いに行く。そうしたら、「いやあ、あのときはどうも」みたいな話になります、多くの場合。それで、あれはこういうことだったんだと自分の中で解消されていく。すると、それが一つの経験となって自信になっていきます。ただ、静かに家にこもっていては限界がある。

    交流の苦手な人に話を聞くと、アメリカ人やイタリア人を「あいつら」みたいな言い方をする人がいます。アメリカ研究をやっている人が「アメリカ人はバカだから」と言っていました。そんなことは言えないでしょ、あれだけ複雑な社会なのに。

    だけど、そう言ってしまうのはその人の中に、一般化したくなる残念な過去があるのかもしれません。そうならないためには、まずは個を見なくてはいけない。

    相手を個で見ようとしたとき、では、自分自身はなんなのかと問いが返ってきます。

    ■大事なのは所属ではなく個人

    私の属性はいろいろあります。日本人、男、壮年、いわき市生まれ、東京の板橋、足立育ち、職歴、家族構成など。その中で日本人というのは、帰属の一つにすぎないと思えば、さほどそこにこだわらなくなります。

    なぜこだわらなくなったのか。アフリカで暴動に巻き込まれた経験については話しましたが(『差別の教室』)、それ以外の理由もあると思います。

    計15年ほど世界各地に暮らし、現地の人と親しんできました。そうした友人たちを振り返ったとき、その人を語る上で、例えば「コロンビア人」「中国人」といった国籍はさほど大きくないと気づきました。

    国籍は、その人のいくつかある属性の一つにすぎず、その人を形づくるのは、生来の気質や家庭環境、その人固有の経験や感受性であって、国籍で人を知ろうとしても限界がある。その結果、次第次第に私自身も、国籍は一つのラベルにすぎないという姿勢をとるようになりました。

    私がすごく尊敬している親しい人は中国出身で海外生活の長い人です。親しい友人には日本人南アフリカ人、コロンビア人、メキシコ人、アメリカ人がいます。彼らを国籍で好きになったわけではない。彼らにはいろんな属性があって、そのうちの一つが中国の上海生まれだった、くらいのことです。

    ■国籍はIDの一つにすぎない

    入国審査などで「お前は何人だ」と聞かれたら、「日本人です」と答えますが、普段、日本人である自分を売りにしているわけではない。究極のところで、国籍はIDの一つにすぎない。

    日本の歴史日本人全般についての評判を受け止めるとき、それは国や総体という曖昧模糊(もこ)とした存在についての話であり、何も自分のことだと受け止めることはない。そこから一歩下がったところで、その属性やそれについてのイメージを眺めていればいいという態度です。

    差別を乗り越えるために、人は国家や民族といった属性、人間集団からどこまで自由になれるのか。その問いを常に抱えて生きていくことが大事だと思っています。

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    藤原 章生(ふじわら・あきお)
    ノンフィクション作家
    1961年福島県いわき市生まれ、東京育ち。北海道大学工学部卒業後、エンジニアを経て、89年、毎日新聞社入社。特派員としてヨハネスブルクメキシコシティ、ローマ、郡山に駐在。2005年、『絵はがきにされた少年』で第3回開高健ノンフィクション賞受賞。著書に『ガルシア=マルケスに葬られた女』(集英社)、『資本主義の「終わりの始まり」』(新潮社)、『ぶらっとヒマラヤ』(毎日新聞出版)、『酔いどれクライマー 永田東一郎物語』(山と溪谷社)など。

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    ※写真はイメージです - 写真=iStock.com/Josie Desmarais


    (出典 news.nicovideo.jp)

    差別を避けるためには、他者との対話と共感が欠かせません。相手の立場や感情に寄り添い、自分と違う意見や価値観を理解する努力をしましょう。争いや偏見を生む要因に対して冷静に向き合い、誰もが平等で尊重される社会を築くために自ら行動を起こすことが重要です。

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